桜島 林芙美子文学碑 楠元香代子


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桜島 林芙美子文学碑 楠元香代子

 
花の命はみじかくて
        苦しきことのみ多かりき


写真提供 満載九州観光

桜島港より鹿児島交通バスで15分乗車「林芙美子文学碑」下車
徒歩すぐ 桜島港より車で10分
古里温泉にある林芙美子の歌碑と芙美子の像 古里温泉にある林芙美子の歌碑と芙美子の像

楠元香代子製作


   
   

桜島 林芙美子 文学碑 リンク

桜島の林芙美子文学碑&楠元香代子さんのリンクです
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小説「放浪記」「浮雲」などで知られる女流作家・林扶美子の母親は桜島の出身で、芙美子も当地で一時期を過ごしました。
この母の出身地である古里町に、銅像2体と「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき」と刻んだ文学碑が建てられています。
   
龍神の湯のある古里観光ホテルから道路をはさんだ向こう側に
「放浪記」の著者、林芙美子文学碑がある。
   
「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき」という一節で有名な林芙美子の文学碑と銅像。周辺は文学碑公園として整備している。
   
鹿児島県桜島の古里温泉は林芙美子の母の故郷で、一時期、芙美子も母と身を寄せたことがあるという。その古里温泉に「花のいのちはみじかくて 苦しきことのみ多かりき」を刻んだ文学碑が建ち、すぐ側に本を抱えた芙美子像が建っている。少し離れたところにも「フミ子」像があって、腰掛ける少女の台座の石に、「幼少の頃 フミ子はここ桜島で過した」と刻まれていた。
桜島には句・歌碑も多く、島のあちこちに、この地を訪れた著名人の句・歌碑が建てられている。
訪れたのは1994年3月、古里温泉に2泊し、ゆっくり島を歩いた。
   
小説「放浪記」「浮雲」などで知られる女流作家・林扶美子の母親は桜島の出身で、扶美子も当地で一時期を過ごしました。この母の出身地である古里町に、銅像2体と「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき」と刻んだ文学碑が建てられています。
   
故郷温泉 写真満載 九州観光
林芙美子は明治、大正、昭和初期の日本の女性が未だ多くの制約に縛られ、社会的な地位も低い時代に、 身をもって道を開いた先駆者の一人です。その作品は当時の庶民の女性達の姿と息吹をつぶさに語っており、 日本文学史に輝く業績を残しました。
   
鹿児島に住んでいたのは11歳の時。桜島の大爆発のあった大正3年から約一年間。(鹿児島市古里町が本籍)
   
山下聖美 文芸研究
   
森光子の舞台で有名な「放浪記」や「浮雲」で知られる作家林芙美子の石碑。「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき」の句が刻まれている。彼女の母親の郷里が桜島だったという。
   
作家の林芙美子(1903年〜1951年)は『放浪記』の著者として有名ですが、彼女の本籍地は鹿児島の桜島の古里です。同地には彼女が色紙に好んで書いた「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」の自筆の文が刻まれた文学碑があります。
   
 
太宰治の娘である太田治子さんがこの秋、筑摩書房から「林芙美子」を出版するという知らせが入った。これは現在、雑誌「望星」に連載されているもので、私も何回分かを読んだが大変素晴らしく、出版を心待ちにしていた本である。
   
桜島の南岸、荒磯に面した古里温泉。4軒の温泉宿が並ぶ素朴な温泉地だ。その高台にある古里公園に林芙美子文学碑がある。林芙美子は『放浪記』などで知られる明治時代の小説家。その母・キクが古里温泉郷の出身であることにちなんで建てられた碑には「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かりき」の一節が刻まれている。周辺には細川幽玄、与謝野晶子の歌碑、水原秋桜子(しゅうおうし)の句碑なども見られる。
   
   
林芙美子は、明治36年、下関市で生まれました。
この古里町は母親の出身地で、芙美子の本籍地でもあり、芙美子も母と一緒にたびたび帰省していたそうです。11歳のときは、鹿児島市に1年間住んでいます。
その後、広島県尾道市に6年間住みます。
   
   
前方は桜島岳、溶岩の右手に避難用ドームが見える。有村溶岩展望台には溶岩をめぐる遊歩道もあり、著名な文学者の句碑や歌碑がたくさんあった。
   
楠元香代子さんの作品の写真をお持ちの皆様のご協力をお願い申し上げます。
2008 © 霧島なび

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